今日、建築中の現場に、水道の検針に来られた年配の方がいました。
水道のメーターを確認したあと、足場に掛かっている幕を見ながら、僕のところへ来ました。
「ちょっと聞いていいか?」
「はい、どうぞ。」
「ここに書いてあるUA値とかC値って、何なんだ?」
家のことはいろいろ知っているつもりだけど、これは分からないんだ、と。
僕は簡単に説明しました。
「家の性能を表す数字なんですよ。」
すると、
「家にも性能ってあるの?」
と。
「あります。しかも、建ってから決まるんじゃなくて、作る前からかなり決まっています。」
そこから、思いがけず長い立ち話になりました。
話を聞いていくと、お父さんも30年ほど前に家を建てたそうです。
当時は住宅の知識もあまりなく、大工さんにお願いしながら建てた。
自分なりに「こういう家にしたい」という理想はあった。
でも、それをどう伝えればいいのか分からなかったそうです。
「俺が分かんないから。知識がないから、あれがいい、これがいいって言えないんだよ。」
この言葉が印象に残りました。
お父さんは何も考えずに家を建てたわけではありません。
窓については自分で調べて、
「ペアガラスっていう断熱にいいものがあるらしい」
と知り、それを採用したそうです。
でも、
なぜそれが必要なのか。
床はどうするのか。
壁はどうするのか。
天井はどうするのか。
家全体をどう考えるのか。
そこまでは、一般の人にはなかなか分からない。
そしてお父さんが言いました。
「やっぱり大工さんが知ってなきゃダメなんだよな。」
僕も、
「そうですよね。結局、作る側の提案力が大事なんですよね。」
と話しました。
僕は聞きました。
「今、その家で一番後悔していることって何ですか?」
すると、お父さんは、
「床が冷たいことかな。」
と。
さらに聞くと、お父さんの家は高床のつくりで、下には車が入るようになっているそうです。
僕はその家を実際に見たわけではありません。
だから、床の断熱がどこまで入っているのか、施工がどうだったのかまでは分かりません。
ただ、話を聞きながら、
「なるほど。下が冷たい空間なら、床の断熱の影響は大きいですね。」
と思いました。
そして何より、お父さん自身が30年暮らしてきて、
「床が冷たい」
と感じ続けてきた。
その事実は大きいと思います。
お父さんは、
「もっとちゃんと調べておけばよかったかな。」
とも言いました。
でも、この言葉を聞くのは初めてではありません。
この家をつくっている間にも、何人もの方から似たような言葉を聞きました。
「もっと早く知っていればなあ。」
「家を建てる前に、こういう家を見たかった。」
「こんな考え方があるなんて知らなかった。」
みんな、よく似たことを言うんです。
建築中の家を見ながら、お父さんが言いました。
「30年前に、こんな家があればなあ。」
僕は、
「お父さん、実はこういう考え方って、30年前にもあったんですよ。」
と話しました。
「え? あったの?」
もちろん、今とまったく同じ材料や設備があったという意味ではありません。
でも、
断熱する。
熱を逃がしにくくする。
床から熱を奪われにくくする。
日射を考える。
空気の流れを考える。
少ないエネルギーで快適に暮らす。
こういう基本的な考え方は、昔からあります。
ものすごいハイテクがなければできない話ではありません。
むしろ根っこの部分は、かなりローテクです。
だから僕は思いました。
問題は、
「そんな家があったかなかったか」
ではなく、
「その考え方や作り手に出会えたかどうか」
なんじゃないかと。
お父さんは建築中の家を見ながら言いました。
「俺、昔こういう家に住みたかったんだよな。」
この言葉が、すごく残りました。
30年前に家を建てた。
そのときには、自分の理想をうまく形にできなかった。
そして30年経って、
「ああ、自分が欲しかったのは、こういう家だったんだ。」
と分かった。
でも本当は、30年待たなくてもよかったのかもしれません。
当時、
ちゃんと説明してくれる人に出会っていたら。
「なぜこうするのか」まで話してくれる作り手に出会っていたら。
その家づくりは、全然違ったものになっていたかもしれません。
お父さんに建築中の家の中も見てもらいました。
床の断熱材を見てもらい、触ってもらうと、
「うわ、あったけえな。」
と。
僕は、
「これ、床暖房じゃないですよ。」
と言いました。
「え? 暖めてないの?」
「暖めてないです。」
この家では、ジョイ・コスの床用断熱パネルを使っています。
僕が大切にしているのは、
床から体の熱を奪われにくくすることです。
だから、触ったときに「冷たい」が来にくい。
お父さんも、
「床って、暖めなくてもあったかいんだね。」
そして、
「じゃあ、床暖房いらないね。」
と。
僕は、
「そうなんです。僕は、床を暖める前に、床を冷たくしないことを考えた方がいいと思ってます。」
と話しました。
今日のお父さんの、
「俺がもっと勉強しておけばよかった。」
という言葉。
でも、本当にそうなんでしょうか。
家を一回建てる人が、
断熱も、
気密も、
窓も、
床も、
換気も、
暖房も、
冷房も、
湿度も、
空気の流れも、
全部勉強して、
「ここはこうしてください」
と作り手に指示しなきゃいけないんでしょうか。
僕は違うと思います。
もっと勉強しなきゃいけないのは、僕ら作る側です。
お客さんが知らなかったから仕方ない。
それではダメだと思う。
知らないことを説明する。
気づいていないことを伝える。
30年後に困りそうなことまで考える。
その人の理想を聞いて、言葉になっていない部分まで考えて、家にしていく。
そこまでやって、プロの提案なんじゃないかと思います。
お父さんも、
「家なんて2回ぐらい建て替えないと、満足するのはできないって言うしな。」
と話していました。
昔から、
「家は3回建てないと満足できない」
とも言います。
でも普通の人は、家を3回も建てられません。
お金もかかる。
時間もかかる。
人生だってある。
ほとんどの人にとって、家づくりは一回勝負です。
だったら、
お客さんが3回家を建てるんじゃない。
僕ら作る側が、何十軒、何百軒の経験を次の一軒に入れていけばいい。
前に建てた家で何が起きたのか。
住んでいる人が何に困ったのか。
夏はどうだったのか。
冬はどうだったのか。
10年後はどうなのか。
20年後、30年後はどうなのか。
それを聞いて、考えて、次の家に生かす。
それが作る側の仕事だと思うんです。
実は、今この家を建てている施主さんも、最初から僕のことを知っていたわけではありません。
5年ほど前に僕の家を見てくれて、
「うわ、すっげえ。」
と言ってくれました。
そして後に、
「加藤さんの家に住むのが夢になった。」
とまで言ってくれました。
それから5年。
今、その夢が家として形になっています。
そして今日、その建築中の家を見たお父さんは、
「俺、昔こういう家に住みたかったんだよな。」
と言いました。
一人は5年前に出会えた。
一人は30年後に出会った。
この差は、ものすごく大きいと思います。
僕はいろいろな人と会って、いろいろな家の理想を聞いてきました。
その中で、何度か同じ瞬間を見ています。
その人が、本当に欲しかったものに出会った瞬間です。
顔が変わる。
声が変わる。
急に前のめりになる。
そして、
「うわ、これだ。」
「住みたい。」
という言葉が出る。
僕には、
「あ、この人、今心が動いたな。」
と分かる瞬間があります。
家は、ただ雨風をしのぐ箱じゃない。
性能の数字を並べるだけのものでもない。
人の心を動かすものにもなれる。
僕は、そんな家をつくりたいと思っています。
この家をつくっている間にも、
「もっと早く知っていれば。」
「家を建てる前に見たかった。」
「こんな家があるなんて知らなかった。」
という言葉を何度も聞きました。
みんな、同じなんです。
だから僕は、もっと伝えなきゃいけないと思いました。
いい家をつくっているだけじゃダメ。
知っているだけでもダメ。
伝わらなければ、出会ってもらえない。
30年後になって、
「もっと早く知っていればなあ。」
と言わせないために。
僕が作りたいのは、数字を自慢するための家ではありません。
UA値やC値だけを競う家でもありません。
出会った瞬間に、
「うわ、住みたい。」
と思ってもらえる家。
そして住んで30年経ったときにも、
「この家にしてよかった。」
と思ってもらえる家です。
冬の朝、床が冷たくない。
真夏の夜、暑くて眠れないことがない。
家中どこへ行っても、穏やかに快適でいられる。
そして、それが少ないエネルギーで続いていく。
家は3回建てなくてもいい。
お客さんが何回も失敗するんじゃない。
僕ら作る側が、何十軒、何百軒の経験を次の一軒に生かす。
誰かの後悔を、次の誰かの成功に変えていく。
そして一回で、
「この家でよかった。」
と思ってもらう。
さらにできることなら、
初めて出会ったその日に、
「うわ、ここに住みたい。」
と、人の心が動く家をつくりたい。
僕は、そんな家をつくり続けたいと思っています。