とても断熱性能の良いクーラーボックスがあります。
「この中を23℃にして、一日中その温度を保ってください」
できますか?
保冷剤を入れますか?
それとも、何か別の方法を考えますか?
では、もう一つ質問です。
「断熱材をもっと厚くしたら、23℃を維持できるでしょうか?」
実は、この質問に家づくりの大切なヒントが隠れています。
最近は、断熱性能の良い家が増えてきました。
それは、とても良いことだと思っています。
でも私は、ずっと疑問に思っていることがあります。
断熱性能が良くなれば、それだけで快適な家になるのでしょうか。
私は、そうではないと思っています。
今日は、その理由をできるだけわかりやすくお話ししたいと思います。
例えば、二つのクーラーボックスを用意します。
一つは断熱性能が良いもの。
もう一つは、それほど良くないもの。
どちらも中を23℃にしたとします。
そして、冷やしたり暖めたりするのをやめて、同じ環境に置いておきます。
どうなるでしょうか。
外が寒ければ、中の温度は少しずつ下がっていきます。
外が暑ければ、中の温度は少しずつ上がっていきます。
ただし、条件が同じなら、断熱性能の良い方が温度の変化を遅くできます。
断熱材をもっと厚くすれば、さらに温度が変わりにくくなる場合もあります。
ここで考えてほしいことがあります。
断熱材は、23℃という温度をつくっているのでしょうか?
違いますよね。
断熱材は、外との熱の出入りを少なくして、一度整えた温度を長く保ちやすくしているのです。
私は、住宅も同じだと思っています。
断熱性能を良くすることは大切です。
でも、断熱材そのものには、室温を23℃に調節する機能はありません。
私が考える断熱の大きな役割は、
「快適な状態を、どれだけ長く維持しやすくできるか」
今度は冷蔵庫を想像してみてください。
冷蔵庫は、なぜ設定した温度を保てるのでしょうか。
もちろん、冷蔵庫にも断熱材が入っています。
でも、それだけではありません。
冷却する仕組みと、温度を調節する仕組みがあるのです。
温度が上がれば冷やす。
設定した温度に近づけば、冷却能力を調節する。
こうして温度を一定の範囲に保とうとしています。
つまり、
断熱と、温度を調節することは、まったく別の仕事なのです。
住宅でも同じことが言えます。
断熱材をたくさん入れたから快適になる。
高性能なエアコンを取り付けたから快適になる。
私は、そんなに単純なものではないと思っています。
断熱は熱の出入りを減らす。
空調は温度や湿度を調節する。
そして、その二つをどう組み合わせて、家全体を快適に維持するのか。
ここが大切なのです。
よく、断熱性能を良くすれば省エネになると言われます。
もちろん、それにはきちんとした理由があります。
断熱性能が良くなれば、冬は暖かさが逃げにくくなり、夏は外から熱が入りにくくなります。
その結果、同じ室温を維持するために必要な冷暖房エネルギーを小さくしやすくなります。
でも、ここで私は考えます。
断熱性能がそれほど高くなくても、空調をしっかり考えれば、室温を快適にすることはできるのではないでしょうか。
もちろん、できます。
ただし、熱がたくさん出入りするので、より大きな冷暖房能力や多くのエネルギーが必要になります。
また、窓や壁の表面温度が適切でなければ、室温を調節しても体感が快適にならない場合があります。
では反対に、断熱性能がとても良い家なら、必ず快適になるでしょうか。
それも違います。
夏の日差しが入り続けたり、家の中に熱がたまったりして、温度をうまく調節できなければ、暑い家になってしまうこともあります。
断熱材は、暑くなった家を勝手に冷やしてくれるわけではないからです。
だから私は、家づくりで最初に考えるべきなのは、断熱材の厚さだけではないと思っています。
「どんな快適さをつくりたいのか」
そして、
「その快適さを365日どう維持するのか」
まず、その目標を考える。
そこから必要な断熱、気密、日射対策、換気、空調を一つの仕組みとして設計していく。
もう一つ質問です。
エアコンを何台も取り付ければ、家中が快適になるのでしょうか。
リビングに1台。
寝室に1台。
子供部屋にも1台。
5人家族なら、5台のエアコンがついていることもあります。
確かに、それぞれの部屋を素早く冷やしたり暖めたりできます。
でも、私はここにも問題があると思っています。
例えば夏。
エアコンをつけると、部屋がすぐ涼しくなります。
すると、人はどうするでしょう。
「もう涼しいから止めよう」
「ちょっと寒くなってきたな」
「電気代がもったいないから消そう」
そうなることもありますよね。
では、全部のエアコンをつけっぱなしにしてくださいと言われたら、どうでしょう。
家族の誰かが止めてしまうこともあると思います。
すると、冷房している部屋と、冷房していない部屋が生まれてしまいます。
リビングは涼しい。
でも廊下は暑い。
トイレも暑い。
脱衣室も暑い。
寝室はエアコンを止めているから、夜中に暑くなって目が覚める。
これでは、私の目指す全館冷房とは違うのです。
もちろん、複数台でも適切な設計と制御によって、家全体を快適にすることはできます。
問題は台数そのものではありません。
部屋ごとに冷やすことと、家全体を快適に維持することは、同じではない。
私は、そこを大切にしています。
実は、ここに大きな落とし穴があります。
夏、エアコンをつけると、最初に空気が冷えてきます。
冷たい風が体に当たれば、寒く感じることもあります。
そして、エアコンを止める。
でも、そのとき家全体はどうなっているのでしょうか。
壁や天井には、まだ熱が残っているかもしれません。
廊下や別の部屋は、まだ暑いかもしれません。
つまり、
人間が寒く感じたことと、建物全体が十分に冷えたことは別の話なのです。
私は、人間の一時的な体感だけで空調を止めたりつけたりするのではなく、家全体の状態を見る必要があると思っています。
もちろん、寒さを我慢してくださいという意味ではありません。
その逆です。
人に冷たい風を直接当てなくても、自然に気持ちよく過ごせる家にしたいのです。
そのためには、空気だけでなく、壁や床、天井の温度まで考えなければなりません。
例えば、室温が23℃だったとします。
でも、周囲の壁や天井が熱かったらどうでしょう。
人間の体は、空気だけではなく、周囲の壁や床、天井とも熱をやり取りしています。
だから、同じ室温でも、暑く感じたり、寒く感じたりすることがあります。
私は、壁や床、天井の表面温度も、およそ23℃付近に落ち着かせることを、一つの目標にしています。
もちろん、23℃は誰にとっても絶対の正解というわけではありません。
湿度や服装、活動量、年齢、体調によって快適さは変わります。
大切なのは、体に強い冷風を当てて無理やり冷やすのではなく、周囲の温度を穏やかに整えることです。
冬は、冷たい床や壁へ体温を奪われにくくする。
夏は、熱い天井や壁から余計な熱を受けにくくする。
これは、私が長年追求してきた**「奪われない快適」**という考え方にもつながります。
本当の快適は、何かを強く与え続けることだけではない。
人間が暑さや寒さと無理に戦わなくてよい環境をつくる。
ここから、少し面白い話になります。
例えば、ある住宅の暖房に必要な熱量を計算したら、家全体で3,000Wだったとします。
仮に家を10か所に分ければ、単純計算で1か所300Wです。
もちろん、実際には部屋の大きさや窓の面積、方角などによって必要な熱量は違います。
でも、大切なのは考え方です。
家全体に必要な熱量がわかれば、それを必要な場所に配ればいい。
おじいちゃん、おばあちゃんの部屋にも。
子供部屋にも。
寝室にも。
廊下にも、トイレにも。
必要な分だけ届ければいいのです。
だったら、300W程度の小さなエアコンを10台取り付ければいいのでしょうか。
でも、そんなに小さな冷暖房能力の家庭用壁掛けエアコンは、普通には売っていません。
では、どうすればいいのでしょう。
私は考えました。
「だったら、1台のエアコンの力を家全体に分けて使えばいいじゃないか!」
一部屋だけを一気に冷やすのではなく、家全体に少しずつ冷暖房を行き渡らせる。
そうすれば、人に強い風を当てる必要も減らせます。
ただし、それを実現するには、どの部屋にどれだけの空気を届けるのか、どう温度差を小さくするのか、どう湿度を管理するのかを考えなければなりません。
単純にエアコンの風を分ければ完成、というものではありません。
ここが難しいのです。
そして、その難しさを考え続けてきたのが、私の「魔法のエアコン」です。
※ここでいう3,000Wや300Wは冷暖房能力の説明です。消費電力を表しているわけではありません。また、夏の冷房では日射や除湿なども考慮する必要があります。
もう一度、冷蔵庫に戻って考えてみましょう。
断熱性能の悪い冷蔵庫があったとします。
外から熱が入りやすいので、中の温度を維持するには大きな冷却能力が必要になります。
では、その冷蔵庫の断熱性能をもっと良くしたらどうでしょう。
外から入ってくる熱が少なくなるので、必要な冷却能力を小さくしやすくなります。
住宅も同じです。
断熱性能が良くなれば、外との温度差による熱の出入りが減ります。
その分、必要な冷暖房能力も小さくできるはずです。
それなのに、住宅の断熱性能が良くなっても、エアコンの台数が減らないとしたら、少し不思議ではありませんか。
もちろん、間取りや日射、除湿、各部屋の使い方によって、複数台が必要な場合もあります。
でも、最初からエアコンの台数を決めてしまうのではなく、その家に本当に必要な冷暖房能力を計算する。
そして、少ない設備で快適にできないかを考える。
それが大切だと思っています。
以前、私も約30kW規模の蓄熱暖房設備を扱っていた時代がありました。
そこから試行錯誤を繰り返して、現在は約3kW級の家庭用エアコン1台で全館冷暖房を計画する住宅へと変わってきました。
機器の入力と冷暖房能力は単純に比較できませんが、住宅の性能と空調計画を見直すことで、設備の考え方そのものが大きく変わったのです。
断熱性能が上がったなら、その性能を十分に生かす。
エアコンを何台も増やす前に、家が必要とする冷暖房能力そのものを小さくする。
私は、そういう家づくりを考えています。
実際に私の家づくりを体験したお客様から、よくこんなことを言われます。
「エアコンの風がないのに、なんでこんなに涼しいんですか?」
「トイレにもエアコンがないのに、どうして涼しいんですか?」
「階段も、玄関も、脱衣室も快適ですね!」
「押し入れやウォークインクローゼットまで、なんだか空気が気持ちいい!」
これは、私にとってうれしい言葉です。
普通は、エアコンがついている部屋が涼しくなると思いますよね。
でも、私が考えているのは、エアコンのある場所だけを快適にすることではありません。
家全体の熱の出入りを小さくし、冷暖房された空気を必要な場所に届け、壁や床、天井の温度まで穏やかに整える。
そして、新鮮な空気を取り入れる換気も計画する。
そうすることで、エアコンを直接設置していない場所まで、快適に過ごせる環境を目指しています。
もちろん、押し入れやクローゼットの空気が実際にどう流れるかは、間取りや換気計画によって異なります。
だからこそ、家全体を一つの仕組みとして考える必要があるのです。
エアコンがない場所まで快適。
これが、私の目指している全館空調の姿です。
エアコン1台で家中快適。
そう聞くと、簡単にできると思われることがあります。
でも、実際にはそんなに簡単ではありません。
特に難しいと感じるのが、春と秋です。
真夏は冷房。
真冬は暖房。
もちろん、どちらも難しいのですが、何をするべきかという方向性は比較的はっきりしています。
ところが、春と秋は違います。
昼間は半袖で過ごせるほど暖かい。
でも、夜になると長袖でも寒い。
昼間は太陽の光で家が暖まる。
日が沈めば外気温が下がる。
そんな変化の中で、家全体の快適さをどう維持するのか。
これが、なかなか難しいのです。
断熱性能の良い家は、外の温度変化の影響を受けにくい。
でも、日射や生活によって家の中に熱がたまると、その熱が抜けにくくなることもあります。
暖房すればいいのか。
冷房すればいいのか。
送風でよいのか。
外の空気を利用できるのか。
時間によって状況は変わります。
そして、人間の体感も変わります。
一度快適にすることと、その快適さを朝から夜まで、365日維持することは、まったく違うのです。
私は、この難しさを長年研究してきました。
今でも一軒つくるたびに発見があります。
完成に近づいたと思っても、また改善できるところが見つかる。
少しずつ、少しずつ進化していく。
一年たって振り返ると、大きく変わっていることもあります。
快適な家づくりは、それほど奥が深いのです。
私が目指しているのは、リビングだけが快適な家ではありません。
「使っていない部屋のエアコンは消してね」
「寝るときは電気代がもったいないから止めてね」
そんな暮らし方もあります。
もちろん、冷暖房を止めればエネルギーを節約できる場合があります。
でも、その間に家の温度はどうなるのでしょうか。
もう一度、クーラーボックスを思い出してください。
冷やすことをやめても、断熱材は働き続けています。
でも、熱の出入りを完全には止められません。
だから、少しずつ温度が変化していきます。
私は、その変化をできるだけ小さくし、必要な冷暖房を適切に行うことで、快適さを維持したいと思っています。
おじいちゃんも、おばあちゃんも。
子供も、赤ちゃんも。
家族の誰かだけが快適なのではなく、みんなが平等に快適であってほしい。
リビングから廊下へ出ても。
トイレに行っても。
お風呂から出ても。
夜、寝室へ行っても。
暑さや寒さをできるだけ我慢しなくていい。
家族が快適な場所を探して暮らす家ではなく、家族がどこにいても快適な家。
それが、私のつくりたい家なのです。

最近は、ZEHやGXといった省エネ住宅の言葉をよく耳にします。
「うちはZEHだから大丈夫」
「GXだから高性能な家です」
確かに、国が定めた断熱や省エネの基準を満たすことには意味があります。
補助金を利用して、より良い住宅を建てられることも良いことだと思います。
でも、私はそこで話を終わらせてほしくありません。
その家は、真夏の夜も快適に眠れますか?
冬の朝、廊下やトイレまで暖かいですか?
春と秋の温度変化にも対応できますか?
そして、365日その快適さを維持できますか?
ZEHやGXの基準を満たしていることと、家族全員が一年中快適に暮らせることは、別の話です。
基準を満たした家でも、設計や施工、日射対策、空調計画、運転方法によって住み心地は変わります。
もちろん、ZEHやGXの住宅でも快適な家はつくれます。
大切なのは、その性能をつくり手がどう生かしているかです。
省エネ性能の高い家をつくることと、その性能を使って365日快適な家をつくることは、同じではありません。
私は、この違いを家づくりの前に知ってほしいと思っています。
昔から、
「家は3回建てないと満足できない」
そんな言葉があります。
でも、私はそうあってほしくありません。
家づくりは、人生の中でも大きな買い物です。
何千万円もかけて建てた家で、暮らし始めてから、
「こんなはずじゃなかった」
「夏はこんなに暑いと思わなかった」
「冬は暖かいけど、寝室は寒い」
そんな後悔をしてほしくないのです。
私は、お客様に家づくりの仕組みを説明するとき、身近なものを使って質問をしています。
鉄と断熱材。
ビニールハウスと断熱の家。
そして、今回のクーラーボックスと冷蔵庫。
難しい専門用語を覚えてもらいたいわけではありません。
お客様に知ってほしいのは、なぜ快適になるのかという原理です。
その話をすると、
「えっ、そうだったんですか!」
「今まで、そんなこと考えたことありませんでした」
「そんな家に住んでみたい!」
と言っていただくことがあります。
もちろん、すべての人が私の考え方に興味を持つわけではありません。
家づくりに求めるものは、人それぞれです。
でも私は、お客様と同じ理想を共有して家づくりをしたいと思っています。
私がどんな暮らしを実現したいのか。
お客様がどんな家に住みたいのか。
その二つが一致して、初めて本当に良い家づくりが始まるのだと思っています。
最後に、私が家づくりで最も大切にしていることをお話しします。
それは、順番です。
最初に、快適。
家中どこにいても、暑さや寒さを我慢せずに気持ちよく暮らせること。
次に、健康。
寒暖差や強い冷風、過度な暑さや寒さなどによる体への負担をできるだけ減らすこと。
人間には、暑さや寒さに対応して体温を調節する仕組みがあります。
自律神経も、その働きに関わっています。
私は、家の環境を整えることで、体が暑さや寒さに過剰に対応しなくてもよい暮らしを目指しています。
それは、ナイチンゲールが大切にした、保温や新鮮な空気などの療養環境の考え方にも通じるものがあると思っています。
健康を保証する家という意味ではありません。
健康的に暮らしやすい環境を、建築によってつくりたいのです。
そして、最後に省エネ。
快適な家をつくった結果、必要な冷暖房エネルギーも少なくできる。
お客様には、こんなふうに感じてもらいたいのです。
「家中どこにいても気持ちいい!」
「冬の朝も寒くないし、夏の夜もぐっすり眠れる!」
そして、電気代を見て、
「えっ! こんなに快適なのに、電気代こんなに安いの!?」
そう驚いてもらいたい。
省エネにするために、人間が我慢する家ではありません。
快適さを追求し、その環境を少ないエネルギーで維持できるようにする。
それが私の理想です。
快適 → 健康 → 省エネ。
私は、この順番を大切にしています。
最初のクーラーボックスの話を覚えていますか。
「この中を23℃にして、一日中その温度を保ってください」
という質問でした。
断熱材を厚くするだけでは、温度を調節することはできません。
でも、断熱によって熱の出入りを減らし、必要な冷暖房で温度を調節すれば、快適な状態を維持しやすくなります。
住宅も同じです。
ただし、住宅には冷蔵庫と違って、人間が暮らしています。
だから、温度だけではなく、湿度も、風も、壁や床や天井の温度も考えなければなりません。
そして、家族全員が365日快適に暮らせるようにする。
これは、決して簡単なことではありません。
でも、私はその難しさを考えることが好きなのです。
考えて、つくって、試して、観察して、直す。
その繰り返しで、少しずつ良くなっていく。
これからも、その研究を続けていきたいと思っています。
家を高性能にすることが目的ではありません。
その家で暮らす人が、365日気持ちよく生活できること。
私は、そのために家をつくっています。
加藤建築
春の家・魔法のエアコン